推しの為なら死ねる(死ねない)

弱いオタクが推しのことを語るだけ

リプライと手紙の話

前回は初更新にも関わらず沢山の方に見て頂けたようで嬉しいやら恥ずかしいやらです。

壁打ちの為に初めてみたブログなので大したことは書かないと思いますが、見てくださる人がいる以上それなりに中身のある更新ができたらいいな。

 

 

さて今回はタイトル通りリプライと手紙の話をしようと思います。

推しさんはツイート頻度高めで、ほぼ毎日のように写真付きのツイートを更新してくれます。私は更新してくれて嬉しいです、ちゃんとツイート読んでますの意味を込めていいねとリプライを送ります。

稀に推しさんからリプ返がきたり、いいねがきたりすることがあります。リプ返やいいねの頻度や基準はバラバラですが、今日誕生日です!〇〇日に誕生日でした!等の誕生日ツイートには必ず返信してるみたいです。

本人は全部には返信できないけどリプは全部読んでると言っています。自分の声が推しさんに届くって、純粋に嬉しいです。(8年のジャニヲタ生活を経てこっちにきてるのでTwitterでリプが送れることに感動しています)

 

そして手紙。前回エントリでも話しましたが舞台やイベントへ行くごとに書いてます。現場が終わって次の現場まで期間があく時は事務所に送ることもあります。

推しさん、手紙も全部読んでるらしいです。どんだけマメな人なんだよ…好きだよ…(唐突なデレ)

初めて手紙を送ったのは最初に推しさんのお芝居を生で観た次の日でした。ファンレターを書いたのは中3~高3まで好きだった女性アイドル以来で、約3年のブランクがあったわけです。もう何から書けばいいかわからなくてとにかく感想をひたすら書きました。かっこよかったですってたぶん100回は書いたな。

そして翌日、手紙を出しました。するとその日の夜に推しさんが「今日も手紙やプレゼントありがとう」とツイートしてくれたのです。勿論それが私に向けたものではなく私を含めた多数のファンに向けたものだということは重々承知ですが、純粋にその一言が嬉しくて嬉しくてたまりませんでした。私の想いが大好きな人に届いた、その事実がたまらなく嬉しくて、定期的に手紙を書くようになりました。手書きの文字ってメールやリプじゃ伝わらない想いまで伝わるような気がするので、毎回一文字一文字心を込めて書いています。

 

Twitterのリプは限られた文字数で溢れんばかりの想いを伝えなければならないのに対し、手紙は無制限なわけです。最高か?というわけで私は今日も推しさん宛に長い手紙を書いています。

 

 

とまあ前置きがたいへん長くなりました。実はここからが本題です。

『リプと手紙は推しにとって価値があるものなのか否か』

私はリプも手紙もどちらかといえばマメなタイプのオタクだと思います。ただ私のやっていることは自己満足であり、リプや手紙では推しさんの収入は増えません。私が手紙を100通出しても推しさんの元にはオタクの手紙が増えるだけで1円だって増えるわけでは無いのです。

現場に通って席を埋めて個人グッズをたくさん買う、これはダイレクトに推しさんの収入や次のお仕事に繋がるタイプのオタ活です。リプや手紙は推しさんの活力にはなるけれど、やっぱり金銭的な価値はゼロなわけです。

 

私は全通やそれに近いことをして席を埋めることはできません。行けない分グッズは多めに買いますがそれでもブロマイドを10cm買うような強いファンと肩を並べるのは不可能です。推しさんのファンで物凄くグッズを積んでる方は見たことがないのですが、きっと知らないだけでいるんじゃないかなと思ってます。

 

Twitterで地方に住んでて行けないけど応援してます><!今度は〇〇県にも来てほしいです!とクソリプを送るクソ在宅(口が悪い)は論外ですが、私のような数公演しか現場に行けず、グッズも物凄く積んでいる訳ではない中途半端なオタクがリプしたり手紙を送ったりする行為に果たして価値というものがあるのだろうか。時々悩んでもう私の気持ち悪いリプや手紙なんてゴミカスだ!リプも手紙も送るのやめよう!と思ったこともありました。

でも、そこに金銭的な価値はなくとも、推しさんがオタクからの手紙を読んで「お手紙ありがとう」と思っていてくれたのならば、少しでも力になっているのであれば、価値が見いだせるのかもしれないなって思うのです。(脳内お花畑チャンなので、すぐに都合のいい方に考えようとする)

 

仮に推しさんがリプや手紙には何の価値もないと思っていたとしても、私はリプと手紙を送ることは辞めないでしょう。結局は全部オタクのエゴであり自己満足だと思うから。

 

 

 

 

思ったこと書いたら支離滅裂な文になってしまった。

今日も推しさんが怪我なく無事に公演を終えることができますように。